科学研究費補助金 基盤研究(B) 〈近世における前期国学の総合的研究〉研究課題番号:22320130 | |||||||
研究の概要と方法 本研究は、平成15年〜18年度実施の「近世国学の展開と荷田春満の史料的研究」(課題番号15320086)によって春満の生家、東羽倉家文書の目録作成が完了した成果をふまえている。 春満は、国学の四大人の鼻祖と称されながらも、関係史料の多くが未公開であったため、賀茂真淵・本居宣長・平田篤胤などと比較して未解明の部分が多く、春満を中心とする前期国学の研究は未開拓の分野として残されていた。戦前に全集刊行が二度にわたり着手されながらも中途で終り、戦前から戦後にかけての三宅清『荷田春満の古典学』(正・続)が殆んど唯一のまとまった研究成果であったが、三宅による春満の学問に対する評価は、分析対象がテキスト類に限定され、東羽倉家文書の分析には及ばず、社会的文脈が考慮されないという問題点があった。政治・経済面も含んだ国学の社会的諸影響に関しては、伊東多三郎「草莽の国学」研究が先駆的業績であり、戦後では民衆史的視点を導入した芳賀登や、近年は宮地正人による平田派研究にまで及んでいるが、主対象は幕末維新期の平田篤胤以降に集中しており、春満・真淵など18世紀の前期国学への注目は立ち遅れている。 しかし、東丸神社のご厚意とご支援により、東羽倉家文書の全容が「近世国学の展開と荷田春満の史料的研究」により把握され、春満の著述類についても、平成13年度から國學院大學により編纂事業が始まった『新編荷田春満全集』(おうふう刊)が、平成21年度に全12巻の刊行が完了するなど研究基盤が整備されることにより、三宅の提示した春満の評価と学問的位置付けは再検討を要することが明らかとなった。 「近世国学の展開と荷田春満の史料的研究」に参加した多様な分野の研究分担者・協力者は多面的に春満の学問に検討を加え、論文を『國學院雑誌』国学特集号(平成18年11月)に掲載した。かつ、松本久史『荷田春満の国学と神道史』(平成17年 弘文堂)は、18世紀を中心に学芸史、神社史、地域史にまたがる多領域で春満の学問の影響があったことを論じた。研究分担者・協力者はさらに研究を継続して、テキスト類から学術・思想面の分析を試み、文書の検討から政治・社会との関係を考察している。現段階では、学術面における春満の門人達の史料解読と分析を着手したところであり、中世末から近代に到る東羽倉家の史料の大半を占める稲荷社家としての史料、つまり神社組織・財政、朝廷・神祇伯家、幕府に対する史料の検討の多くを今後本格的に着手する。また、寛文期から明治期に至る歴代当主の日記の解読と考察にも着手してはいるが、その一端を明らかにしたのみである。なお、東羽倉家文書は、特に公的機関等による保存のための支援措置がなされておらず、史料調査は所蔵者の東丸神社のご厚意に依存して進められている。
東羽倉家の史料は春満を中心として羽倉(荷田)家関係、稲荷社内関係、朝廷・幕府・地域社会との関係という同心円状の構造を構成していることが同家史料の目録化によって解明された(図T参照)。今後、これらの史料を項目ごとに考察し解明していきたい。具体的な課題は、以下の通りである。 (1)春満の学問が時間・空間的に広がっていく過程を解明する。 T 春満の著述類の内容分析を進め、文学、神道、歴史、法制、さらに近世人文学史上の学術史的位置付け。 U 300点に及ぶ門人の春満宛書状をはじめとする、門人関係史料を分類・整理して、影響の具体像を分析し、春満の学術の伝播・継承・発展過程の検証。 V 春満の活躍した元禄・享保期における儒学など関係諸学問との関係、それを通した幕府の文教政策と春満との関わり、元禄・享保期の社会・文化の中で、前期国学が形成された要因。 W 春満没後の影響について、荷田在満・賀茂真淵に代表される江戸系と、荷田信名・大西親盛をはじめ、荷田信郷にいたる京都系に区分し、人的・学的交流の検討・比較。とりわけ、東羽倉家文書のうちに新史料が発見された荷田信郷を中心に、近世後期に荷田派の学問が上方文人社会に与えた影響。 (2)春満の生家である東羽倉家、および稲荷社を中心とした社会関係を解明する。 T 羽倉家の家系・出自等の言説、祖先祭祀の検討。春満の学問の性格への影響。 U 稲荷社内の社家組織、荷田氏系と秦氏系祠官の関係、および稲荷社の「本願」寺院の愛染寺との神仏習合・隔離をめぐる問題。 V 稲荷祠官の非蔵人出仕、官位官職叙任、奉幣・祈祷、執奏の白川神祇伯家など朝廷との関係、社殿造営・社中紛争の裁定・稲荷山松茸上納等献上品を通した幕府との関係。 W 門前・社領を通した地域社会との関係、稲荷勧請や参拝・講など全国の稲荷信仰との関係。 (3)(1)、(2)を総合的に検討し、いまだ解明されているとは言いがたい前期国学の実態を明らかにすることで学問史上における意義を解明し、近世社会・文化の発展のなかに位置づける。 本研究の特色としては、既存の刊行物、公共機関・大学等所蔵史料では得ることの出来ない、東羽倉家史料の詳細な分析を行う点にある。近年、宮地正人を中心とした平田国学の研究が、平田家文書や信濃の平田国学の史料などの整理・調査のなかで進展しているように、国学研究の従来の枠組やイメージは大きく変化しており、皇国史観の導線とするような理解は再考されつつある。一方、近年上賀茂神社の史料目録が刊行されたように、近世寺社史料への注目も高まっている。東羽倉家の史料は、前期国学を検討する最も良質な内容を持ち、近世学術資料、さらに神社史料としても、貴重な内容が含まれている。これらの史料を歴史、文学、法制、神道・宗教などの各学問分野の研究者が連携して学際的に検討を加える事により、国学が齎した学術知と近世社会のダイナミックな関係性が解明されるはずである(図U)。この研究は、近世における形成期の国学、すなわち「前期国学」の総合的な学問体系を学際的に解明して、日本における人文科学の学史上の知見を豊かにするとともに、近世の学問・思想・文化・社会・政治という多様な分野の研究が、新たな段階に進む一助になるであろう。
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